『アリーテ姫』を原作との違いから考えてみる

アリーテ姫 [DVD]この世界の片隅に [Blu-ray] で有名な片渕監督の2001年のアニメ作品。 これにはフェミニズム文学とされる原作 アリーテ姫の冒険 − 1980年代にイギリスで書かれた童話 − があって、登場人物やプロットをある程度は踏襲しつつも、ストーリーは原作から大きく変えている。

科学と魔法の扱いとか、ボックスのキャラとか他にも面白いところはたくさんあるけど、原作との違いから『アリーテ姫』について思ったことを書いてみようと思う。

以下、ネタバレあります。

アニメは地味だけど面白いのでおすすめです。

与えられた難題への態度

原作では、古典的な物語 − 例えば竹取物語のように、難題が男性に対して与えられて女性は待つ − をひっくり返して、賢い女性が自分の力で与えられた3つの難題を解く、という物語になっていてそこに痛快さがある。童話で与えられた難題は次の3つ。

  1. 魅惑の森の魔法の水(永遠に水がわきでる井戸)
  2. 金色ワシの巣のルピー
  3. 銀色の荒馬

アニメでもこれら難題の一部は形を変えながらも利用していて、アリーテ姫はボックスから与えられた難題を与えられるのだけれど、3つの難題を解くのか……と思いきや、アニメでのアリーテ姫は難題を解かずに済ましてしまう!

アニメでのアリーテ姫は自由になりたかったのであって「難題を解くことで自己の能力を示す」ということには興味はなかったということなのだろう。

男がやっていることを女でもできることを証明するという1980年代のフェミニズムと、もはや問題が男女の勝ち負けではなくなっている2000年代の違いでもあると思う。

旅の目的地の決め方

ところが、自由になったアリーテ姫はボロックから最初に与えられた第一の難題である「金色の鷲」を見るための旅に出るのだ。それを聞いてボロックは訝しがる。なぜ解く必要のない難題に向かうのかと。

ここは「仕事のやりがい」とか「人生の目的」にもつながる話だと思うんだけど、旅に出ようとする意思は内在的なところから生まれるけれど、その具体的な目的地は内面から自然に出てくることはなくて、外部との関わりによって生まれるものなのだろう。

3つの魔法の使い道

原作でもアニメでもアリーテ姫は3回だけ魔法が使える指輪が与えられる。この使い道が面白いんだけど、直接問題解決に使うのではなくて、部屋を綺麗にするといった、一見些細なことに対して使われる。

ここでは、アニメは原作を踏襲しているようにも思えるけど、原作でのアリーテ姫は楽しそうにしているのに対して、アニメでのアリーテ姫は自分を失って引きこもった状態になっている。そのような状態になった時は、外の難題に立ち向かう前に、シェルターを作って快適な環境に引きこもることが重要だと言っているようにみえる。

ドレスと口紅

原作ではアリーテ姫の美醜については、そもそも触れらていない。それに対してアニメでは、明確に「美人でない」姫として描かれていて、その姿・見た目がボックスの魔法などによって変わることに意味を持たせている。

  1. 初期状態: 好奇心旺盛な子供
  2. ボックスの魔法がかかった状態: おしとやかな姫
  3. 魔法が解けたことがばれないように変装した状態: おしとやかな姫のふり

ここで注目すべきは3番目。この時点でアリーテ姫は自分を取り戻しているんだけど、ドレスや口紅によって本来の自分を見せないことで、ボックスの呪いを逃れている。自分を守る鎧としてのドレスや化粧が機能している。

そういえば、片渕監督がゲストのトークイベントで「どうして女性が主人公の作品が多いのか?」について聞いたことがあったんだった。

アリーテ姫 [DVD]

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アニメはオススメです。

アリーテ姫の冒険

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