感情的な人は頭が悪いのか?

「頭の良さ」には2種類あると思う。
PC(パソコン)に例えると、

  • ハードウェアスペックが高い人
  • 良質のソフトウェアが数多くインストールされている人

直感力・感情というハードウェア

1つ目の頭の良さは、「直感力」「地頭がいい」に近いもので、結果としてコミュニケーション力が高いとか、会話が面白いとかになるのだけど、もっと本質的には「言語化できない部分の情報処理能力が高い人」ということになのだと思う。
例えば

  • 初対面の人を信用できる人か判断する能力
  • 相手の表情や振る舞いから感情を把握する能力

といった能力は、論理的に説明することは難しいけれど、誰もが持っていて「感情」という形で認識している。

論理的思考力というソフトウェア

2つ目は、「論理的思考力」といってもいいのだけれど、単に「論理的に考えられる」というわけではなくて、その上で、例えば、

  • MBAを取得している人(MBA インストール済)
  • 統計学を学んだ人(統計学 インストール済)

といったように、後天的に学習を通じて身につける知識も含まれる。

動物としての人間

進化の過程・歴史を考えれば、最初の頃は「いかに外敵から身を守るのか」が問題だったはずで、直感的に危険を避ける能力を身につけて、その上に後付けで「論理的思考力」を習得したと考えるのが自然。*1

つまり、動物としての人間を考えたときに、最初に「直感力・感情」のための回路があり、それを別目的に利用する形で「論理的思考力」を身につけたと考えるのが自然ではないかと思う。*2

これを、PCに例えると次のような関係になる。

結論

人の頭脳の仕組みがどうなっているかはわからないけれど、上記のような仕組みであるなら、「感情的=頭が悪い」という図式は成り立たない。直感・感情の豊かな人は、そのハードウェアスペックによって潜在的に高い思考力があると思う。

つけたし

以前の会社で「頭がいい人」がいて、学歴もよく(御三家と呼ばれる中高一貫校、理系の大学院)仕事も優秀だったのだけど、子供みたいに感情な動きが激しい部分もあって、とても不思議で魅力的だった。
その人を見て「感情的=頭が悪い」という図式は成り立たないのではないかと考えるようになったのが、このエントリのきっかけ。

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

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脳のなかの幽霊、ふたたび (角川文庫)

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*1:赤ちゃんや小さい子供は、言語を操れるようになる前に、周囲の人の表情や態度にわかりやすく反応する

*2:人間の思考が、本来の目的とは違う「回路」を利用しているのではないか、という話は「脳のなかの幽霊」にある